憲法第6章「司法」について意見表明しました!(憲法審査会発言概要)

みんなの党の畠中光成です。

みんなの党は、昨年四月に発表いたしました憲法改正の基本的考え方におきまして、特段、第六章司法に関する表明はいたしておりません。みんなの党の考える地域主権型道州制の導入による司法のあり方の検討は必要かと思いますが、仮に憲法が改正されるとしても、基本的には現在の日本国憲法の第六章の趣旨を引き継ぐ形で問題ないと考えます。
 
しかしながら、第六章は、三権分立の一角をなす司法について示
されていることから、我が国の三権分立のありようにおいて幾つか申し上げます。
 
現在、我が国の大きな問題点の一つに、行政権の肥大化が挙げられると考えます。法律が行政を熟知する官僚により作成され、その法律の細目の決定も官僚が行う委任立法が主となること、国の行政権が許認可権を有し、国民や地方自治体を支配するようになること、行政の活動が活発化し、国民の生活に介入するようになるため、国民は利益の享受者として受動性を高め、その結果として政治的無関心に陥りやすいことなどが行政権肥大化の問題点として挙げられます。
 
憲法第七十六条の二項において、行政機関による終審裁判は禁止されるとあります。しかし、終審でなければ、行政機関が司法手続の一部を担うことも許されています。例えば、公正取引委員会などの行政委員会による審決などの準司法的手続が挙げられます。こういった準司法的な権限を持つ行政委員会の同意人事について、国権の最高機関である国会では、議院運営委員会での意見聴取とわずか五分程度の質疑しかないというのは、行政府の肥大化を助長する仕組みの一つではないかと思います。
 
また、司法権を統合的に行使する役割を担う最高裁判所は、最高かつ最終の裁判権を持つ国の機関であると同時に、憲法第八十一条にあるとおり、最終的な憲法解釈権を与えられた機関でもあります。しかしながら、最高裁判所がこれまで憲法判断に消極的であったことにより、行政の一部局である内閣法制局に事実上の憲法解釈権が委ねられてきたことも行政権肥大化の一端であると考えます。
 
憲法第七十九条には、最高裁判所裁判官の人選について規定してあります。我が国においては、憲法上、最高裁判所裁判官の指名、任命は内閣によって行われることになっており、そこに国会が関与することはありません。しかしながら、その内閣による最高裁判所裁判官の指名、任命手続は、必ずしも透明性のある客観的なものではありません。国会において意見聴取、質疑の時間を設け、同意人事の手続を設けることも一考に値すると考えます。
 
また、憲法第七十九条の二項及び三項にあります、国民自身が裁判官の罷免を行う国民審査制度は、憲法改正国民投票と並び、国民が主権者として直接その主権を行使するものです。極めて重要な審査にもかかわらず、国民に十分な情報が提供されていないため、結果として白紙投票が多くなってしまうなど、形骸化していることは問題だと考えます。
 
昨年末の総選挙とあわせた国民審査では、ペケをつけた人がふえたようですが、過半数には至りませんでしたし、過去に最高裁判所裁判官で罷免された人はおりません。もう少し緊張感を持つことのできる制度にする必要があるのではないでしょうか。
 
国民審査の際には、審査公報が発行されます。この公報には、裁判官に関する情報、例えば過去の経歴、判例や実績、考え方などが掲載されていますが、そのあり方を問い直すなど、わかりやすく開示する必要があると考えます。
 
もう一つ、司法と立法の関係で申し上げるならば、まさに、今、私どもが突きつけられている一票の格差問題における違憲判決についてでありましょう。
 
一票の格差が最大二・四三倍だった昨年十二月の総選挙について、二件の違憲状態、十二件の違憲、そして広島高裁、広島高裁岡山支部の二件においては選挙無効の判決を下しました。
選挙制度について最高裁が違憲状態であると判断したことは過去に何度もありますが、違憲状態と最高裁が判断し、その後、改正できる時間が十分あったにもかかわらず、同じ制度のもとで次の選挙を行ったことは過去に例はなく、立法府による司法府軽視は甚だしかったということです。
 
いわゆる〇増五減案ですが、昨年の総選挙前は緊急避難的に仕方なかったかもしれませんが、総選挙を経た現在においては、憲法や三権分立のあり方の観点からよく考えなくてはいけません。
 
政府の衆議院議員選挙区画定審議会が勧告した区割り見直し案では、一票の格差は最大で一・九九八倍で、二倍を下回ります。しかし、それはほとんど二倍と変わりません。しかも、この数値は二〇一〇年の国勢調査を基準にしており、その後、当然人口は流動するわけですから、各自治体が公表している実際の人口数を見ると、既に二倍を超していることも明らかになっています。
 
例えば、鳥取二区と東京十六区の格差は、国勢調査では一・九九八倍ですが、実際には二・〇〇四倍になっているのです。これではまたすぐに違憲となる可能性があるわけです。
 
しかし、この〇増五減案では違憲だと思っている人が国会の外に多数いても、具体的な争訟にすることはできない。すなわち、選挙をもう一度やって具体的な事案になってからまた裁判に訴えられるといった無駄なことを繰り返してしまうことになります。これは立法府の怠慢と言うしかないことを申し上げておきます。
 
憲法改正の前に、民主主義の根幹にかかわる重要な問題が法改正で可能なのですから、我々はその解決に努力すべきです。
そもそも、一人〇・六票がよくて、一人〇・五票が悪いというのは違います。あくまで一人一票が原則です。
 
だからこそ、みんなの党は、どこに住んでいても一人一票という民主主義の当たり前の価値を実現できる全国集計比例代表制を提示しているわけでございます。選挙をして裁判、選挙をして裁判のイタチごっこを避けるためにも、立法府が憲法に示された民主主義の原則に早く答えを出さなくてはいけません。
 
以上、みんなの党の第六章についての意見表明とさせていただきます。